16期 お花見会
投稿日:
16期 お花見会

16期 お花見会

花見の時期は、ふるふくどん(降る吹く曇)の言葉通り、平成26年3月30日(日)は、冷たい風の吹く雨の日に。浜離宮正門前に、16期の有志15名が集まり、庭園センター長にご案内頂き、満開の桜を見ながら浜離宮の概要や歴史を分かりやすく解説して頂く予定が…、あいにくの雨なのでと、普段はなかなか入れない『松の茶屋』で浜離宮について教えて頂くことになりました。

寛永年間(1624~1644年)までは、一面の芦原で将軍家の鷹狩場でしたが、四代将軍家綱の弟・松平綱重は将軍から海を埋め立てて甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てる許しを得ました。その後、綱重の子供の綱豊(家宣) が六代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍家の別邸となり、名称も浜御殿と改められました。以来、歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、(八代将軍吉宗は、武を奨励し馬場を整備したとか)十一代将軍家斉のときにほぼ現在の姿の庭園が完成したそうです。明治維新後は皇室の離宮となり、関東大震災や戦災で重要な建造物が焼失、樹木が損傷をうけ往時の姿はなくなりましたが、昭和20年に東京市に下賜されたことから、恩賜庭園という名前が付いているのだとか。

江戸時代に建てられた松の御茶屋を復元したという室内は、屋久スギで葺いた天井、蝉や松ぼっくりの釘隠し、千鳥の透かし彫りの欄間など当時の最高技術が集められたものだとか。慶喜は鳥羽伏見の戦いで敗れ、船で江戸に逃げ帰り「そこで」とわたしたちのすわっている畳を指さし、「旅の疲れから一昼夜ちかく眠ったそうですよ。」

16期 お花見会

16期 お花見会

「こけら」とは、材木を削った時に出る切り屑のことで、 新築や改装の 工事の最後に、屋根などの「こけら」を払い落としたことから、完成後の初めての興行を「 こけら落とし」と言うようになったとか、江戸時代は関西のもの(下り物)が上等と考えられていたので、江戸で造られたものは『下らない』と一段低く扱われていたことから大したことがないものを下らないというなど、江戸の文化や語源まで話が及び、外は雨風が吹き荒れる中、楽しくも有意義なお話を聞くことができました。

勉強した後は美味しいものをと、歌舞伎座隣の「ほうおう」でちょっと遅めのランチ。このお店は歌舞伎座直営と言うことで、歌舞伎座で使われている瓦が店のインテリアに、歌舞伎座の引き幕を思わせる色どりの料理もあり、目にも舌にも楽しいものでした。

○○さんは中学時代と全然変わっていないねと言う話から、臨海学校の遠泳の話や担任の先生の話など、思い出や近況を話している内に、あっという間に時間は過ぎて行きました。

次回は、5月11日の同期会で会いましょう。

源(関根)恭子